私は2月から2年間、オックスフォード大学のフェローとして赴任しています。研究テーマは「日本を中心に、消えゆく民主主義復活の研究」です。しかし、到着したヨーロッパは、アメリカとヨーロッパが対立する「トランプ劇場」の最前線でした。ウクライナや中東での紛争に関税戦争が加わり、世界全体が劇場化しています。EU、NATO、OECD、WTOでの会議に加え、中国の習近平国家主席がロシアで対独戦勝記念式典に出席した翌日には、英独仏ポーランドの首脳がウクライナへの連帯を示すために会談しました。第二次世界大戦終結80周年行事も欧州首脳の舞台となっています。しかし、トランプ大統領の一挙手一投足が世界を震撼しています。
トランプ大統領は、一人で全世界を震撼させた指導者として世界史に名を残すと思われます。私は彼の改革のいくつかは支持してきました。戦争を止めるという彼の公約は、共和党よりも多くの戦争を起こした民主党に対する強い対案です。政府の無駄を省き、国民生活を向上させるという彼の政策も受け入れられます。しかし、彼は友人であるカナダ、メキシコ、パナマだけでなく、侵略されたウクライナにも敵対的でした。「取引」がアメリカの国益にかなうという論理です。しかし、関税戦争はゲームを一変しました。関税は世界中の貿易相手国が反対しているだけでなく、米国の株価を下げ、インフレ率の上昇やマイナス成長で米国民の生活にも影響を及ぼしています。
4月23日の国際会議で、大統領支援者で億万長者であるケン・グリフィン氏は次のように述べました。「トランプ大統領の貿易戦争は、世界における米国の地位を傷つけ、国家ブランドを低下させた。米国債は歴史的に世界の究極の安全資産であり、財務省の全面的な信頼に支えられてきた。貿易戦争は、世界経済に大きなダメージを与えるととともに、それ以上に米国の経済と信頼に大きなダメージを与えている」
1930年代に米国が導入した関税が、保護主義、世界経済の停滞、ドイツの大規模なインフレ、そして最終的に第二次世界大戦へとつながったことも注目に値します。米国債、ドル、そして世界的な自由貿易システムに対する信頼は取り返しのつかない局面に至り、世界全体に危機をもたらしています。
トランプ大統領が今、国内で推し進めていることを、北京の憲法学者である張千帆教授教授は「米国流の中国の文化大革命」と表現しました。トランプ大統領は、多様性、公平性、包摂性(DEI)やwokeを徹底的に否定しています。wokeとは、もともとアフリカ系米国人が人種差別、性差別、LGBT差別などの不平等に対する意識の高まりを示すために作った造語です。しかし近年では、共和党支持者が民主党支持者を批判する蔑称として使用しています。大統領は、全米の政府機関、公立学校、大学におけるDEIやwokeの価値観を禁止しました。また、男性と女性の定義を明確にし、その二つ以外の性別を否定し、男女共用トイレを廃止するなど、いくつかの変更を行っています。
ある中国人は、トランプ大統領の2月のツイート「祖国を救うものはいかなる法も犯さない」は、毛沢東の「造反有理」とつながるとブログに書き込みました。私は2017年2月にワシントンDCで開催された全米祈祷朝食会に出席し、トランプ大統領のスピーチを聴きました。私の予想に反して、スピーチはキリスト教的なものでした。聴衆に合わせる彼の政治技能を垣間見ました。
クリスチャンを自称する大統領が、世界を取り返しのつかない状況に陥れています。そして、日々見解が変わる彼に対峙できる世界の政治指導者が見当たらないことが憂慮されます。また、米国民主党に彼に対峙できるリーダーがいないことも悲劇です。
4月20日の復活祭の日曜日、私はフランシスコ・ローマ教皇の説教を聞きました。そして1980年にローマの長老派教会で洗礼を受けた日のことを思い出しました。その数日前、教皇ヨハネ・パウロ二世の説教を聞き、MRAの友人たちとサン・ピエトロ大聖堂で教皇の笑顔を間近で見ることができました。そして、フランシスコ教皇の平和に対するメッセージは、ポーランドや他の共産主義諸国の解放に貢献したヨハネ・パウロ2世を思い出させました。また、ヨハネ・パウロ2世の教皇就任に重要な役割を果たしたウィーンのフランツ・クーニヒ枢機卿のことも思い出しました。クーニッヒ枢機卿とは、スイスのコーのMRAの会議などでお会いしました。
フランシスコ教皇は翌日逝去されましたが、逝去後はカトリック信者だけでなく、世界中で尊敬が増しましています。南米初のローマ教皇であり、「貧しい人々のための法王」として知られました。ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのガザ市民への非人道的攻撃を批判しました。カトリック教会内の長年の問題の改革も断行しました。
4月26日に行われた教皇の葬儀には、トランプ大統領やウクライナのゼレンスキー大統領を含む世界中の指導者が参列しました。2016年、フランシスコ教皇は、米メキシコ国境の壁を建設するトランプ大統領を批判しました。教皇は「橋を架けることではなく、壁を作ることばかり考えている人はクリスチャンではない」と述べました。フランシスコ教皇とトランプ大統領が葬儀で再び同席したことには、特別な意味があるのかもしれません。
トランプ大統領は5月2日、AIが生成したローマ法王に扮した自身の画像をSNSに投稿しました。彼の祈りが通じたのか、新ローマ教皇レオ14世は米国初のローマ法王です。彼はフランシスコ教皇の改革に協力し、どの司教候補を教皇に推薦するかを決める投票権を3人の女性に与え、フランシスコ教皇のように移民や貧しい人々に寄り添いました。
レオ14世は、「社会の教皇」「労働者の教皇」と呼ばれたレオ13世の名を継ぎました。彼はまたロシア、ドイツ、イギリス、アメリカとの関係構築に貢献しました。
レオ14世は、5月8日の教皇としての最初の説教で、「非武装で武装解除を行なう平和、謙虚で忍耐強い平和」を述べました。5月18日の就任ミサでは、特にウクライナ、ガザ、ミャンマーの平和を強調しました。また、ウクライナのゼレンスキー大統領とも会談を行いました。
世界最強国の大統領を中心に「遠心的な分裂力」が出現し、世界は分裂しています。対照的に、逝去以来世界的評価が急上昇しているフランシスコ教皇と、米国初の教皇であるレオ14世の生き方は、世界が切望する平和の象徴のようです。この2人の教皇は、「文化革命」で武装したトランプ大統領に対峙できる稀有な指導者のように思えます。二人には、14億人のカトリック信者だけでなく、世界中のさまざまな宗教、人種、階級の人々の希望を代弁する「求心力」があります。私は、世界の政治指導者たちがこの「求心力」に加わることを強く望みます。
私はこの3人のアメリカのクリスチャンが、世界平和をもたらすことを夢見ています。修復不可能な危機を回避するために、自称クリスチャンの大統領による分裂的な「遠心力」に対抗するために、昇天した教皇と、生ける教皇とによる世界を結集する「求心力」が必要なのです。